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東京地方裁判所 昭和37年(行)114号 判決 1964年7月18日

原告

東京産業信用金庫

右代表者代表理事

石井鉄太郎

右訴訟代理人弁護士

池田一

被告

東京都品川税務事務所長

杉山信二郎

右指定代理人東京都事務吏員

小幡哲夫

山本政敏

主文

被告が原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地について昭和三五年一一月一五日付でした税額金一万五〇円、同目録(二)記載の建物について昭和三六年七月一〇日付でした税額金五八万九、九五〇円の各不動産取得税の賦課処分を取り消す訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  原告

主文同旨

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者者双方の主張

一  請求の原因

(一)  原告は訴外中野商工株式会社(以下債務者という。)との間で、昭和二五年九月一〇日締結した手形割引、継続的貸付契約に基づき、債務者の原告に対する現在及び将来の債務並びにこれから発生する一切の債務を担保するため、「(イ)債権元本極度額金八〇〇〇万円(ロ)契約期限昭和三九年四月一日(ハ)債務者は別紙物件目録記載の(一)(二)の不動産の所有権を担保目的で原告に信託的に譲渡する。(ニ)債務者が債務を期限内に完済し原契約の終結を希望するときは、原告は右各不動産を債務者に無償で返還する。(ホ)債務者は本契約に関する一切の費用及び本物件について生ずる公租公課その他の費用を総べて負担する。」等の条項を内容とする譲渡契約を結び、右各不動産につき同年九月一九日東京法務局品川出張所受付第一七九八二号をもって同月一〇日付譲渡担保を原因とする所有権移転登記を経由した。

(二)  被告は右譲渡担保を原因とする各不動産についての所有権移転登記が経由されているところから、地方税法にいう「不動産の取得」が行なわれたものとして、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の各土地については昭和三五年一一月一五日付で税額金一万五〇円、同目録(二)記載の建物については、昭和三六年七月一〇日付で税額金五八万九、九五〇円とする不動産取得税の賦課処分をした。原告は、この各処分に不服があつたので右土地に対する処分については昭和三五年一二月三日、右建物に対する処分については昭和三六年七月二六日いずれも東京都知事に対して異議の申立をしたところ、同知事は、昭和三七年四月五日土地に対する異議の申立を却下する旨の決定をし、同月二一日これを原告に送達したが、建物に対する異議の申立については申立の後三カ月を経過した現在においても、なお決定が行なわれていない。

(三)  1、しかしながら、債務者の原告に対する右不動産の移転は譲渡担保契約に基づく債権担保の経済的目的によるものであり、原告が法律手段として右不動産の所有権の移転を受けたところで経済的に完全な所有権を取得したことにはならないし、債務者の債務不履行がない以上これに対する処分権限も有しない。地方税法の定める不動産取得税は、不動産の取得を課税対象とするもので、不動産の経済的価値の取得に担税力を認めて課税するものであるから、ここに不動産の取得というのは取得された不動産が取得者にとって財貨として換価性を有するものでなくてはならない。しかるに、債権担保のための不動産の取得には担保という経済的目的による処分の制限があり、担保債権において自由に換価することができないものであるから、課税物件としての不動産の取得には当たらないといわねばならない。もちろん、債務者の債務不履行により原告が換価機能を取得した場合には、その時点をとらえて課税対象としての不動産の取得があるとみるのは当然であって、そうでないとすると被担保債権が消滅して担保不動産が債務者に返還されたときには債務者はあらため不動産取得税を賦課されることとなり、二重課税が行なわれることになる。

2 しかも、地方税法が形式的に所有権移転登記のあることをもって、不動産の取得があるとするならば格別、同法が実質主義の原則を採用していることは明らかで、加うるに同法第一四条の一八において一定の場合譲渡担保権者に担保権設定者の租税債務について物的納税責任を認めていることは、譲渡担保の設定を抵当権設定と同一に取り扱っているものと解され、これらの点からも譲渡担保権の設定をもって財産の実質的取得というのは当たらないものというべきである。国税徴収法の改正に当たっては譲渡担保による権利の移転を担保手段としてとらえているが、地方税法の改正も国税徴収法の改正に基づいている以上、右のようにみるのが当然である。

二  被告の主張に対する反論

(二) 被告は、地方税法第七三条の三ないし同条の七のような非課税規定がない以上、譲渡担保による所有権の取得は当然課税対象となるというのであるが、原告は債権担保の経済的目的をもってする所有権の取得は税法上の観点からは不動産の取得に当たらないと主張しているのである。昭和三六年五月一日施行の改正地法税法第七三条の二七の二(現行同条二七の三)に被告主張のような規定があり、被告主張のように解されることは争わないが、この規定により譲渡担保権者の譲渡担保財産の取得が課税対象となるのは同法の改正によってであり、右の規定は、これの改正が行なわれる前、すなわち原告が譲渡担保として本件土地建物につき所有権移転登記を経由した当時において地方税法(以下単に地方税法というときは、この当時のものを指すこととする。)の下で、譲渡担保としての所有権の取得をもって、不動産取得税の課税対象としての「不動産の取得」に当たるとすることの解釈基準とすることはできない。

(二) 被告は、法律手段が所有権の移転であれば、経済的目的が債権担保のためであっても、常に不動産取得税の課税対象となるというが、その趣旨が本件各物件について登記簿上表示された所が所有権の移転を意味するとするならば、税法が実質主義を採用している点から理由がないことは明らかである。不動産取得税が不動産を取得した者を納税義務者とする以上、不動産の取得とは財貨としての換価性を伴なつた不動産の取得でなければならない。

三  請求原因に対する被告の答弁と主張

(一)  請求原因(一)(二)の事実は全部認めるが、(三)は争う。

(二)  地方税法は、その第七三条の三ないし七において不動産取得税を非課税とする場合の規定をおいているが、右の各規定の中には譲渡担保としての不動産所有権の取得を非課税とする規定はなく、とくに、同法第七三条の七においては相続や法人の合併等の場合における形式的な不動産所有権の移転等について、不動産取得税を非課税とする場合を規定しながら、譲渡担保財産の移転についてはまつたくふれていない。従って地方税法は、譲渡担保としての不動産の取得をもって、不動産取得税の課税対象としていることは明らかであって、実務上、譲渡担保財産の取得に対しては、例外なく不動産取得税を賦課し、徴収して来ている。

(三)  ことに、昭和三六年五月一日から施行された地方税法第七三条の二七の二(現行法第七三条の二七の三)は譲渡担保設定の日から一年以内(現行法二年以内)に譲渡担保権者が被担保債権の消滅により譲渡担保設定者に当該財産を移転したときは、譲渡担保権者による当該譲渡担保財産の取得に対する不動産取得税を免除することとし、かつ、譲渡担保権者が納税前に免除の申請をすれば、当該財産取得の日から一年以内(現行法二年以内)の期間をかぎって不動産取得税の徴収を猶予するものとしている。免除は非課税と異なり、原則的課税に対する例外的措置であり、この規定のおかれた趣旨は、従来当然に課税対象としていた譲渡担保財産の取得について、一定の条件の下に税を免除することを定めたものと解すべきである。

(四)  原告は、不動産取得税の課税対象としての不動産の取得は換価性のある財産の取得をいうものと主張するが、地方税法は、不動産取得の経済的目的がたとえ担保のためであろうと、その法律的手段が所有権移転である以上、その点をとらえて不動産取得税を賦課する建前をとっている。また、地方税法第一四条の一八の規定が譲渡担保による所有権の移転を担保方法として把握しているというが、これは滞納租税の徴収確保のために、徴収金の法定納期限後に設定された譲渡担保につき、譲渡担保債権者に物的納税責任を負担させたもので、譲渡担保財産の移転をあらゆる関係においてすべて、担保方法として把握しているのではない。国税徴収法第二四条の規定も右地方税法の規定と同様である、以上のとおり、被告の本件課税処分にはなんら違法の点はない。

第三  証拠関係≪省略≫

理由

一、本訴が出訴の要件を具備するものであることは明らかであり事実関係については全部当事者間に争いがなく、唯一の争点は債権担保の経済的目的をもってする所有権の取得すなわち譲渡担保としての所有権の取得が地方税法第七三条の二にいう「不動産の取得」に当たるかどうかの点にある。

昭和三六年法律第七四号による改正後の地方税法第七三条の二七の二(現行法では同条の二七の三)第一項は、「道府県(本件については都。以下同じ。)は、譲渡担保権者が譲渡担保財産を取得した場合において、当該譲渡担保財産により担保される債権の消滅により当該譲渡担保財産の設定の日から一年以内に譲渡担保権者から譲渡担保財産の設定者に当該譲渡担保財産を移転したときは、譲渡担保権者による当該譲渡担保財産の取得に対する不動産取得税に係る地方団体に係る地方団体の徴収金に係る納税義務を免除するものとする。」と規定し、同条第二項においては、「道府県は、不動産の取得に対して課する不動産取得税を賦課徴収する場合において当該不動産の取得者から当該不動産取得税について前項の規定の適用があるべき旨の申告があり、当該申告が事実であると認められるときは、当該取得の日から一年以内の期間を限って、当該不動産に係る不動産取得税額を徴収猶予するものとする。」と規定し、なお、第七三条の七、第八号の規定は、譲渡担保財産が被担保債権の消滅により一年以内に譲渡担保財産の設定者に復帰した場合を非課税としている。従って、右以後の地方税法の下においては、譲渡担保としての不動産の取得が不動産取得の課税対象となり、右に定めた要件を充す場合にかぎって、不動産取得税の徴収猶予及び免除が認められるに過ぎないと解さなくてはならないことは明らかである。しかし、本件において問題の所有権の取得があつたのは昭和三五年九月一〇日であり、当時施行されていた地方税法には右のような規定はおかれていなかつたのであるから譲渡担保としての不動産の取得が不動産取得税の課税対象となるかどうかは、もつぱら当時施行されていた地方税法の解釈問題といわねばならない。

二、元来、税法は経済社会において通常行なわれる取引行為その他の経済現象を予想し、これらのうちから課税対象として適するものを選び、それぞれの課税対象に応ずる担税力を評価、考量して課税を行おうとするものであるから、税法が課税対象として掲げる行為の概念は、原則として、すなわち特別の規定がない限り、経済社会において通常理解され、認識されている行為の概念と同一の実質をもつものを指すものと解さねばならない。たゞ、税法は、場合により、徴税技術上の見地その他の政策的考慮から、或いは経済社会において通常理解されるところと異なる税法固有の概念を掲げて課税対象とし、或いは行為の経済的実質を一応度外視してその法律的形式ないし外形をとらえて課税対象とすることがないではないが(たとえば、地方税法においても、固定資産税は、原則として賦課期日現在における公簿上の所有名義人にこれを賦課する建前をとり、同日現在における実質的な所有権の帰属いかんは原則として問わないこととしている。同法第三四三条、第三五九条参照)が、それは、あくまで、例外であって、とくにその趣旨の明文の規定がある場合にかぎられるものと解さねばならない。この意味において、地方税法における「不動産の取得」の概念は、同法に特別の概念規定があるか、若しくは、少くとも同法の規定の体裁の全体から特別の概念が採用されていることが明らかに看取できない限り、経済社会において通常不動産の取得と認識され評価されているものと同一実質をもつ行為を指すものと解さねばならない。換言すれば、特別の規定がないかぎり「不動産の取得」とは取引社会において何人も不動産の取得としてあやしまないもの、すなわち、単に法律的、形式的見地においてのみならず、経済的、実質的観点においても、不動産所有権のあらゆる権能の移転を伴なう完全な所有権の取得を指すものと解すべきである。

ところが、譲渡担保としての不動産所有権の取得は、経済社会においては、不動産所有権の完全な取得というよりも、むしろ、債権担保のための、法律、形式的手段としての所有権の移転として認識されてきたものであることは、譲渡担保なる担保方式が、当初は、流質契約禁止等の担保物件に関する民法の規定を潜脱する脱法行為とされていたにかかわらず、その後、次第に、民法上の担保物権の方式によって充たすことのできない経済上、実際上の要求を充たす担保方式としてその適法性を承認されるに至つた経過に徴しても明らかである。もつとも現在取引社会において、広く譲渡担保と呼ばれるもののうちには、広狭さまざまの態様のものがあるが、いずれの場合においても、当事者間においては、所有権の移転は、法律形式的手段をもつに過ぎず、その経済的実質は、一種の担保方法と観念されるものであり、従ってその法律構成においても、現行法の許す範囲で、できるかぎり、本来の経済的、実質的目的を充足するのにふさわしい構成がとられている点において共通の特質があり、その点において、完全、実質的な所有権の移転の場合とは、趣きを異にするものがあることは否定し得ないところである。すなわち、法律構成の見地からみれば、その性質は、債権担保という経済的目的を達成するため、所有権移転という法律手段を用いた広い意味の信託行為(信託法にいう狭義の信託をいうのではない。)にほかならず、受託者にあたる債権者は法律上、形式的には所有権者とされるが、なお委託者に当たる債務者(譲渡担保提供者)に対する関係においては、その所有権を担保目的以上に行使し、管理してはならない法的拘束を受ける点が共通の特質をなすものである。従って債権が不成立の場合には担保目的物たる財産の所有権は移転しないこととなり、また、債務が消滅したときには、場合によっては目的財産が物権的に復帰し、或いは債務者に債権者に対する担保返還請求権が発生することなる。ただ現行法上、譲渡担保方式について公示方法が法的に完備されていないこと等のため、不動産取引の安全と第三者保護の見地から、譲渡担保権者が第三者に目的物件を譲渡した場合には第三者は完全な所有権を取得するものと解さざるをえず、このかぎりにおいて債務者(譲渡担保提供者)と譲渡担保権者との間に存する、担保目的のための所有権の移転であるということから生ずる前述の拘束関係は、法的には一種の債権的拘束関係を認めざるをえない。しかし、譲渡担保としての所有権の移転が、譲渡担保権者の側における背信的行為によって所有権を完全に移転したと同様の結果を生ずる可能性を含むということだけで、譲渡担保としての所有権の移転をもって、直ちに、売買、贈与、交換等による完全な所有権の移転と同視することは純法律的見地から考察しても、ただちに首肯し難いところであり、いわんや経済的実質的観点を重視する取引社会においては、右のような可能性を否定できないということだけで、譲渡担保方式が債権担保のための形式的所有権の移転に過ぎないとの評価、認識が左右されるものとは、到底考えられず経済社会においては譲渡担保としての所有権の移転は、売買贈与、交換等による完全な所有権の移転とは異なる実質をもつものと評価認識されていることは疑いのないところである。

三、そこで、問題は、地方税法は、経済社会において普通不動産所有権の取得と解されているものと同一実質をもつものと認められていない。譲渡担保としての所有権の取得のようなものについても、それが形式的に所有権の移転であるということだけで、法形式的の方を基準として、これを課税対象としているものと認むべきかどうかということである。

この見地から地方税法の規定を検討してみるに、同法は「不動産の取得」の用語について特別の定義規定をおいてはおらず、第七三条の二の原則規定において、「不動産の取得」に対し不動産取得税を賦課する旨を規定するとともに、他面、第七三条の三ないし七において、国及び地方公共団体に対する不動産取得税の非課税、公益上の用途に供する不動産取得に対する非課税、農地政策等による不動産取得に対する非課税及び形式的な所有権の移転等に対する非課税の例外規定をおいている。これらの規定の体裁からみると、地方税法は、非課税扱いの例外規定の場合以外は、原則として不動産の取得に対し課税する建前をとっていることは認めざるをえないであろうが、しかし、かような規定の体裁から、非課税の例外的規定外の場合については、「不動産の取得」の概念につき形式主義を採用し、例外規定の場合以外は、一切の形式的所有権の移転に対し課税する建前を貫いていると解することは早計であり、かえって、同法が第七三条の七の規定において、形式的所有権の移転に対する非課税を定めていること自体が「不動産の取得」の概念について、なお、実質主義すなわち、実質的所有権の取得に対し課税する建前を放棄していないことの証左とみることができる。このことと、昭和三六年法律第七四号による改正前の地方税法の立法、改正の経過において、譲渡担保としての所有権の取得に対しそもそも課税すべきかどうか。及び課税するとすればいかなる方式によりこれを行うべきかについて、立法上論議が行われたことにつき本件においてなんらの主張立証がないこと及び右改正後の地方税法の譲渡担保財産の取得に対する不動産取得税に関する規定が、この問題の立法的解決につき、単純に課税非課税のいずれかとするというような方式をとらず、前述のように、譲渡担保財産の取得を一応課税対象としながらも、一定の条件の下にこれを免除するなど、譲渡担保財産の実質を考慮した複雑な、いわば中間的ともいうべき取扱いをしていることを考え合せると、右改正前の地方税法は、単純に「不動産の取得」の概念につき形式主義的見地から譲渡担保としての所有権の取得のようなものについても課税すべきであるとの評価考量の下に、これを非課税の例外規定中に含ましめなかつたものとは解されず、むしろ、同法は、「不動産の取得」の概念につき一方で実質主義の原則をとりつつ、他方で、形式的な所有権の取得として非課税とすべき典型的な場合を第七三条の七に掲げたものであり、完全、実質的所有権の取得として何人もあやしまないものと、形式的な所有権の取得として非課税扱いをすべき典型的な場合との中間にあって、一応形式的には所有権の移転とされながらも、実質的な所有権の移転がどの程度これに伴なうかについて濃淡の「ニユアンス」がある領域について、本来、国会がこの程の領域のものについて、これを課税対象とすべきかどうか及びいかなる方式により課税すべきかを評価、考量の上明文化すべきであつたにかかわらず、それが行なわれないままで立法が行なわれたとみるのが率直な見方であるといわねばならない。この意味において、譲渡担保として所有権の取得は、いわば、法が課税対象として予定する「不動産の取得」と非課税扱いとされる形式的所有権の取得との中間に位するものというべきであって、そのいずれに属するかは、単なる文理解釈や規定の外形的体裁のみによってこれを断定することは困難なことがらである。

ただ、裁判所が、ここで、とくに指摘しなければならないことは、かような本来、国会が評価、考量して明文化すべくしてこれを行なわないままで放置した中間的領域の行為ないし現象をとらえて、これを課税対象とするかどうか、及び課税とすればいかなる方式でこれを行なうかを決定することは、ほかならぬ国会の権限に属するということであり、この認識に立つことが本件の判断に極めて重要な意義を有するということである。けだし、かようなことがらの決定は、課税の均衡、公正な見地、徴税技術上の見地、その取引社会に及ぼす影響等の諸要素を比較考量して、国会の立法政策上の裁量、判断によりこれを決定すべきことがらであって若しかような決定を、明確な法律を委任なくして行政庁が行なうときは、往々徴税の見地のみの偏重に堕し、納税者の利益や取引社会に及ぼす影響につき必ずしも十分の考慮を払つたものとは認められないような統一的解釈通達等によって徴税が強行され、その結果、本来国会の行使すべき権限が行政庁によって代行され、租税法律主義の原則は、租税法規の適用、執行の段階において蚕蝕される結果となるともに、取引社会に予想外の混乱を惹起し、課税の不公平、不公正を招来し、ひいては、国民の間に課税行政に対する不信を醸成することともなるからである。従って、かような場合の税法の解釈適用に当たっては、行政庁は、問題の行為が、経済的、実質的に考察して、法が課税対象として予想しているところのものと同一実質のものと断定し得ないかぎり課税を放棄すべきものであり、その意味において、疑わしい場合には納税者に利益に、そして納税者に有利な方向において合理的類推解釈が可能であるかぎり、この途を選ぶことが、行政庁のとるべき態度であるといわねばならない。

ちなみに、当裁判所の見解によれば、税法の解釈適用に当たっては、法の予想するところを超え、実質的に新たな課税対象を創設若しくは課税対象を拡張し、又は納税者に不利益を来たす方向において類推ないし拡張解釈を行なうことは慎しまるべきものであるが、納税者の有利に、課税の公平、公正を図る方向において合理的類推解釈を行なうことは、これを禁ずべき理由はないものといわねばならない。

この見地から地方税法を考察するに、譲渡担保としての不動産所有権の取得は、法が課税対象となる「不動産の取得」とは、経済的、実質的にみて、同一実質のものとは断定し難いことは、さきに詳論したところであるのみならず、形式的な所有権の取得に対する非課税を定めた同法第七三条の七の規定は、譲渡担保としての所有権の取得を非課税とするにつき有力な手掛りを提供しているものとみることができる。けだし、同条第三号は、委託者から受託者に信託財産を移転する場合における不動産の取得を非課税としており、これが信託法に定める信託財産の移転をいうものであることは、譲渡担保のような信託行為について地方税法はこれを譲渡担保財産と称している(同法第一四条の一八参照)点からもうかがえるけれども、信託法に定める信託財産の所有権の移転が、信託目的のための手段であり、経済的、実質的な所有権能の移転がこれに伴なわず、受託者が信託目的により拘束を受ける法律関係は、所有権の移転が債権担保の経済的目的のための手段でもって、経済的、実質的見地においては、所有権能の完全な移転がこれに伴わず、譲渡担保権者において、担保目的に従って目的物を管理すべき拘束を受ける法律関係と極めて類似している。もつとも、信託法第九条が受託者において信託の利益を受けることを禁じているのに、譲渡担保にあっては、もつぱら受託者の利益をはかることを目的とし、担保目的物に対して受託者が固有の利益を有することが異なることは否定し得ないところであるが、信託財産の信託目的に従つた移転が、その法律手段を離れて評価されるとするならば、譲渡担保財産の経済的目的に従つた移転もその法律手段を離れて評価されえないわけではない。そして右の経済的目的のみを考慮して課税対象とするがためには、なお、他の担保手段(たとえば抵当権の設定)か「不動産の取得」として課税対象とされていないこととの比較、公平の見地を見落すことは公正な解釈態度ということはできない。

以上の理由により、当裁判所は、譲渡担保としての不動産所有権の取得は、課税対象としての「不動産の取得」に当たらず、むしろ、同法第七三条の七第三号の規定を類推して非課税に当たるものと解する。

四、右のような解釈をとるときは、(イ)被担保債権の弁済が到来し弁済がないため所有権の完全な移転が生じているにかかわらず。その認定が困難であるため課税の機会を失する率が多いこととなり、ことに譲渡担保の約定期間が五年以上の長期間である場合弁済期限後流量と同様になつたときにおいても、すでに時効の完成により課税できないこととなる。(ロ)一般の売買によるものであっても当事者が秘かに通謀し譲渡担保の形式をとることにより合法的な脱税をはかることができる等の不合理を生ずるとの非難があるかも知れない。しかし、(イ)については、なるほど、実質的な所有権の移転があるにかかわらず、譲渡担保の登記が抹消されていないため、その認定の困難がおこり得ることは、否定しえないところであるが、登記の現存にかかわらず、実質的な所有権の移転がおこっていると認定し得るかぎり、これを課税対象とすることのできることはむろんであって、この認定基準につき、適正かつ合理的な通達等を発することによって、この点の認定の困難と認定が区々的、恣意的にわたる弊害を或る程度緩和することができるのみならず、そもそも、この点の認定が困難であるということだけの理由によって、実質的所有権の移転の伴わない譲渡担保としての所有権の移転を一律に課税対象に含まれると解することは、十分説得力のある見解とは認められない。また時効云々の点については、被担保債権弁済期未到来のうちに時効が進行しないのであるから(民法第一六六条第一項参照)この危虞をもって反論の根拠とするのは当たらないことは明らかである。さらに、(ロ)については、租税回避行為は別段譲渡担保の形式をとることのみによって行われるものでないから(信託形式を用いても行われうることは明らかである。)これまた非難の原因として重視するに当たらないのみならず、脱法行為の可能性があるということだけによつて、本来課税対象として予定されていなかつたものを課税対象に当たるものと解することのできないことは右に述べたところと同様である。

五、してみると、譲渡担保としての不動産所有権の取得が直ちに課税対象としての「不動産の取得」に該当するとの見解の下になされた各賦課処分は違法として取り消しを免れないことは明らかである。なお、本件のような譲渡担保財産の取得が不動産取得税の課税対象となる旨の昭和三二年九月五日自丁底第一五五号自治庁税務局府県税係長の回答があるが、これはもとより法的な効力はなく、被告の本件各賦課処分の効力に影響を及ぼすものではない。

以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官白石健三 裁判官浜秀和 町田顕)

物件目録<省略>

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